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30代。。仕事と家庭を両立したい。夫が大好き。

長生きの秘訣

98歳のおばあちゃん。
自宅で、ヘルパーを使いながら、独居生活を送っていた。
一人息子は、東京。ここからは遠く離れた場所。
しかも、海外を飛び回るビジネスマンだ。

そんなおばあちゃん、ある日、
庭で転倒。骨折して入院。
独歩だったが車椅子生活となった。
退院と同時にリハビリ目的でうちに入所。

高齢なのに認知症もなく、物忘れもほとんどなし。
消化器疾患もなく、常食を全量摂取。
リハビリも順調に進み、車椅子から歩行器にレベルアップした。

本人は、元気になるにつれ
「早く家に帰って、畑がしたい。
もう夏が来る、トマトを植えたい」
と、早く家に帰りたいと強く望んでいた。

そして、退所が決定した。
さて、どこへ?
独居?それとも息子さんの近く?

息子さんは、
「母親は幸いにも、まだシッカリしているから、慣れ親しんだ土地で、過ごしてほしい」と希望。


98歳のおばあちゃんは、歩行器歩行で1人での生活を再開した。


退所後は、今まで通り、ヘルパーサービスを利用。
そして新しく、うちの通所も利用を開始した。

利用の初日、
「おはようございます」と、
歩行器で通う姿は、立派なものだった。
入所中に比べると表情が、キリッとした。


なぜか?
施設では、全て任せていたら、何とでも生活できる。
しかし、1人での生活は、頭を使い考えて生きる。行動範囲が広がる。
頭と身体を、フルに動かすことで、こんなにも表情や雰囲気は変わるのだ。


さらに、おばあちゃんは、
「あと20年は生きたい。
なんでかって?
そりゃ、これからの日本が、
どうなるか見たいからな」
と笑った。

入所中から、畑のこと等、これから先の生活に夢や希望を持っていた。

その上、この言葉。

長生きの秘訣。
それは、未来への希望や夢を持って、過ごすことなのかもしれないと思う。

願いを込めて、にゅうめんを

自宅で娘さんと生活していた、おばあちゃん。
昨年の7月から食欲が落ち、誤嚥性肺炎の診断で入院。
退院と同時に、うちの施設に入所した。


入所当初は、食欲低下が続いていたから、
食べてもらえるものを探すのに、色々苦労したなあ。

誤嚥性肺炎の入院だったけど、
嚥下障害は軽かったから、
食事形態は一口大、水分は薄めとろみ添加で可。
疾患による食事制限指示も特別になかったから色々試した。

ご家族からの聞き取り、相談したり、
本人の食事状況を見て、
アイスクリーム、シャーベット、お茶ゼリー、冷たいお茶、緑茶、、などなど。

最終的にヒットしたのが、にゅうめん。

普段は、
お盆の上のご飯やおかずを、少しずつ摘むように食べるだけ、
声をかけないと食べ始めなかった程、
食事に対する積極性はなかったのに、

にゅうめんを出した時は、
「わあ、にゅうめん大好き!」と言って、1番に自分で食べ始めた。
その時のことを、私はシッカリと覚えてる。

以降、食欲は少しずつ回復し、
「おいしかったよ」と毎食ペロリと全量食べられていた。


先週までは。


最近また食欲が落ちている。
車椅子の自操速度も遅くなった。
左側に体が傾く。
傾眠傾向だ。
発語が少ない。
表情の変化が少なく、笑顔が減った。


明らにレベルダウンしてきている。


今朝、病棟の課長さんと話し合った。
昨年と同じ状態になってきているのでは、と同じ見解だった。

だから、願いを込めて、
にゅうめんを。

今日のお昼から再開した。


高齢者は夏に弱い。
気温や湿度の変化には、本人よりも敏感に身体が反応する。
自覚症状のない、高齢者にいち早く気付き、
早期対応を取る。

あとは結果を待つ。
寄り添い、見守る。
忘れたくないな、寄り添うこと。




断る理由?

他施設から
老健の栄養管理というテーマで、発表をしてほしいのですが」と
電話をいただいた。

正直、最初は断わろうかと思った。
断る理由を考えた。
自分の栄養管理にはまだまだ自信がないし、
大勢の先輩の前で、怖いから。

そこで、ふと頭に浮かんだ言葉は、
「断わる理由、ないですよね?」
という尊敬する男性職員の言葉だった。
この言葉を使うときの彼は、
どう見ても難しい案件だと分かっていながら、でも施設運営のために、利用者のために、必要な案件を提案する時に使う。

さっき自分に浮かんだ断る理由。
遡れば、個人的な感情だ。
仕事をすることに、持ち込むべきではない。
せっかく、施設の栄養管理を外部に伝えるチャンスだ。
施設の宣伝になる、今後の仕事で活きるかもしれない。
断る理由?なくなった。

私は、7月に、臨床栄養管理のプロフェッショナルの前で、
老健の栄養管理について、
お話させていただく。

内容については、かれこれずっと悩み、今日やっと筋道が立った。


臨床的な栄養管理については、まだまだ劣っている。
だけど、これは負けないよ、っていうもの。
それは食事内容と対応の柔軟性。
食べてもらうために、の努力。
そこに重点をおこうと決めた。

ミキサー食の担当者へ

脳梗塞の後遺症(麻痺等)で食べることに障害のある利用者には、
出来上がった料理を、
食べやすく、安全に食べられる形に加工してお出しする。

例えば、ミキサー食。
おかずをミキサーにかけて、トロミ剤でトロミを付けて作る。

一見簡単そうに思えるけど、奥が深い。
ただ単に、ミックスジュース感覚で作るのではない。

ミキサー食を作る上で、
最重要であるトロミ剤。
このトロミの加減が、難しい。
トロミ剤を入れすぎると、料理がベタついて利用者には食べにくい。
逆に入れたトロミ剤が少ないと、トロミが薄く、ムセてしまう。
(説明が下手で申し訳ないです、片栗粉のあんかけのとろみを想像していただくと分かりやすいかも)


じゃあ、レシピを作って、
統一してしまえばいいじゃないかと思うのだが、
加えるトロミ剤の分量は、全てのメニューで一律にはいかない。

使う材料、野菜に含まれる水分量、その料理に含まれる水分量、その時の調理の仕上がりによって、違うからだ。

トロミ剤は、水分量や調味料の分量(塩分濃度、甘みなど)によって、影響を受ける。
料理本のように、レシピは簡単に作れない。


だから、今、施設の厨房でミキサー食を安全に調理・加工できるスタッフは、熟練者だ。

利用者の命と安全は、このスタッフによって支えられ、守られている。
だから私は、感謝と労いは忘れない。
いつもありがとうございます。

うちのスタッフは、ただルーチンをこなすだけでなく、
ミキサー食調理の中に、自らの楽しみも見つけ、毎回彩りよく綺麗に仕上げてくれる素晴らしい仲間だ。

そして、うちの施設の食事の基盤を、共に作ってきた。
この熟練の技を、後々にまで受け継いでいかねばならないと思う。




悩んだときは

仕事をする中で、つまずくことが多々あったし、
これからもあるだろう。

悩みや苦労、辛いことは、どの仕事でもあることだし、同じだ。

けれどそれでもやってこれたのは、
自身以外の、誰かがくれる意見だったり、指摘・指導、励ましがあったからだ。

そんな周りがあってこそ、私はここにいる。

だから、悩んでいる人は、
まず職場で、話せる相手を作って下さい。


学生には、与えられた教科書、教室、学友があります。

しかし、社会人となってしまえば、
自分から求めなければ、何もありません。

求めなければそのままです。

目的を意識して

利用者が施設に入所する前に、
入所可能か不可能か判定する会議がある。
私の施設では、入所前判定(以下、判定)と言う。
実施日は不定期。
判定がある、その日の朝、
相談員から「今日、判定お願いします」と言われたら集まる。
時間は朝の8時半から30分。
相談員、看護師、介護福祉士、ケアマネ、理学療法士作業療法士言語聴覚士、管理栄養士が集まって行う。

判定にかける理由は、現状のケアの確認だったり様々あるけれど、
大切な目的は、
判定によって、利用者の入所目的を明確にし、
他職種と目的を共有し
利用者をゴールに導くことが柱だと思っている。




今朝はなかなか難しいケースだった。
以下に記載する以外にも、たくさんの情報があったけど、
私が引っかかるなと思ったのは以下の内容だ。

疾患のため生活動作全般は、全介助状態。
食事は自力で可能なのだけど、
病院では基本、
ベッド上で左側臥位で摂取。
他施設に転所するために、時々は、
車椅子に座って食事も出来る。
食事は、提供量を半分にし栄養補助食品を毎食提供。
それらを全量摂取。


食事提供量が半分であっても、
栄養補助食品でしか補えなくても、
全量摂取出来ていたら入所してからの栄養確保の手段はあるから、
大丈夫だろう。
その方の食べられる量や内容の食べ物があり、
それらを無理なく食べられているのであれば。



気になるのは、全量食べるのに、
その方が無理をしていないか、
頑張って頑張って全量摂取なのではないか。

肩呼吸で苦しみながら、何とか全量摂取なのか、
車椅子に座って、美味しいと感じながらの全量摂取なのか。


同じ全量摂取でも、
その方が、どう感じ、どのように食べているのか。

その栄養補給で、今後、どうなる?
入所目的はリハビリ?
無理なく食べられないとリハビリする体力は維持出来ないよ?

目的がどこにある?
難しいケースだと思った。



栄養管理に不安があっても

3月半ばからの急激な食欲不振。
ある日嘔吐を繰り返し、救急外来受診。

診断は、
末期の慢性腎不全による重度の高カリウム血症、
いつ心停止してもおかしくない言われた。

その日に緊急カンファレンスをして、
看取りケアへと、
ケアプランの内容・ケアの方針が変わった。

「何も要りません」
「食べたくないです」
閉眼・臥床での受け答えが基本スタイル。
ずっと絶食、点滴のみの状態だった。

そんなおばあちゃんが、
4月に入ってから急に覚醒。
私が廊下を歩いていたら、
大きな声で
「職員の方ーー!◯◯◯ですー!」
(◯◯◯は、その方の下の名前)
と声がした。
「私、いっこもご飯よんでもらえへん」
「なんで食べさせてもらえへんの」
「おいしいもん、よんでよ」
と、半分怒り口調で訴えられた。

その日以降、食欲が回復。
上記の訴えが続いた。

その頃、血中カリウムも基準値にまで、改善されていた。
ただし、腎機能は未だ悪い。

食欲回復といっても、一食分は食べられず、数口で満足してしまう。
生きていくために必要な栄養量を、
十分には摂れない。

けれど、楽しみとしての目的をもっての食事提供は必要だ。

相談の上、その日から個別メニューで、好きなものを中心に、
朝はパン、
昼と夕は、少量のおかゆと佃煮、
お味噌汁、
食べられそうな日には、おかずもほんの少しだけ(漬物皿に少量)
お出しするようにして、現在に至る。

最近は、記憶もしっかりしてきて
「看護婦さんが、私は食べたら気持ち悪くなるから、あんまり食べたらあかんって言いよった」

「朝は、パン呼ばれたで、昼はおかゆさんやろ?」

今日の決め手は
「わたしな、◯◯病院(この施設に入所する前々に入院していた病院)に、
骨折で入院したのは覚えとんやけど、
そこからの記憶がないの。
ここに何故いるのか分からないの。
でも、最近まで調子悪かったみたいやわ。
その間やんちゃしとったみたいー!
ごめんねー!」
あははと笑いながら、
食堂でリクライニング車椅子に座って出てきて、
オーバーテーブルの上にお膳を置いて
自分でご飯を食べる
素晴らしくかわいい姿。


さらには
「私はやっぱり、このお膳なんやな、みんな一杯乗ってるのに」

自身の皿数が少ないという
的確な状況把握が出来ていながら、

「昨日な、米粉ヨモギで団子作るって言いよったから、頼んどいたんや」と、
時折、ほんとの話か、認知症の世界のお話か、どちらともとれない会話をする。

そんな可愛い利用者に囲まれ、一緒に笑いながら仕事をできる喜びを感じた日。


医療機関にかからなければ、
明確な根拠は得られないし、
栄養管理もあやふやかもしれない。
けれど毎日、利用者の顔を見ること、診ること、話をすること。
それらを当たり前に
欠かさないことで、
自分のしてることを肯定できる気がする。